管理栄養学部

なるほど豆知識熱中症予防 ― 運動時の上手な水分(イオン飲料水)補給 ―

日本における熱中症は,地球の温暖化現象や都市部のヒートアイランド現象により1994年頃から近年増加傾向にあります。そして,今年も初夏の5月頃より熱中症事故のニュースを耳にし,月毎に増加しています。熱中症とは,暑熱環境下で発生する障害の総称です。体内の水分や電解質の欠乏および,高体温による臓器障害を引き起こし,その病型として熱失神,熱痙攣,熱疲労,熱射病などに分けられます。熱中症の発生には,気温,湿度,輻射熱,風速などの環境要因が大きく関係します。また,個人の主体要因として,健康状態や暑熱順化などがあり,運動要因としては運動強度,運動時間,運動内容,水分(イオン飲料水)補給,休憩などがあります。これら3要因の一つでもバランスが崩れると熱中症の危険性が高くなります。現在,学校環境下においてスポーツ活動時の熱中症が多発しています。熱中症の発生時期は,7月,8月に集中し,発生時刻は午前10時から午後4時,事故発生までの運動時間は,1時間から4時間と様々です。本学においても夏季休暇に入り,運動部の合宿が始まりました。暑熱環境下で,まだ身体が暑さに慣れていない人は要注意です。とくに新入部員の合宿の初日は,十分注意を払うことです。

 

<運動時の体温調節>

 人の体温は,代謝による熱産生と発汗や皮膚血管拡張による熱放散機構の働きでほぼ37℃になるように調節されています。熱産生と熱放散のバランスが崩れて,熱産生量>熱放散量になると,熱が身体にこもり体温が上昇します。逆に,熱産生量<熱放散量となると,体温は下降します。安静時には熱は主として,脳や肝臓,腎臓などの臓器で発生しますが,運動時には筋肉で圧倒的な量を発生します。例えば,エアロバイクのペダルを回転させるためのエネルギーは,総消費エネルギー量の20%です.即ち運動時の消費エネルギーの80%は熱に変換されています。これが体温を上昇させる熱の発生という訳です。実際には前述したように,発汗や皮膚血管拡張により熱放散が生じて,体温の上昇は低く抑えられます。熱放散は,大きく2つに分けられます。

・非蒸発性熱放散 ―皮膚の表面から周囲に伝わったり,輻射熱として失われるもの

・蒸発性熱放散  ―皮膚の表面から水分が蒸発することによるもの 

 

 非蒸発性熱放散は,主に皮膚表面で行われ,高温側から低温側に向けて起こるため,皮膚に接する空気の温度が低いほど皮膚表面から空気への熱放散が進み体温は下降します。

反対に空気の温度が皮膚表面の温度より高ければ熱は身体に流れ込み,体温は上昇します。

 一方,蒸発性熱放散とは,汗が皮膚表面から蒸発するとき,気化熱を奪って皮膚温度を低下させます。熱放散は,気温や湿度,輻射熱や風速の影響を受けますが,高い気温,高い湿度,高輻射熱という暑熱環境下で強度の高い運動を行えば,熱産生量に見合った熱放散が困難となり,体温上昇が過度となります。暑熱環境下では,まずは運動強度を調整することが望まれます。

身体を暑さや運動に慣らすためには,水分(イオン飲料水)の補給が欠かせません.水分の補給にはどのような注意が必要でしょうか。

 

<水分(イオン飲料水)の補給>

 運動時の水分(イオン飲料水)補給は大変重要です。とくに,暑熱環境下では,発汗による水分損失が思う以上に大きくなります。運動時に脱水状態になると,熱放散機構として重要な皮膚への血液配分が少量となり,発汗量も減少します。すなわち熱放散量が低下し,体温の上昇が認められます。暑熱障害が生じる状況は、大変危険です。脱水の程度にもよりますが,体重の2%程度であれば目立った体温上昇はありませんが,それ以上になると1%毎に0.3℃ずつ上昇することが報告されています。運動時の水分(イオン飲料水)補給は,熱中症予防の面からも重要です。水分(イオン飲料水)補給は,運動時の前後だけではなく,運動中にもこまめに摂取することが重要です。

 運動時の水分(イオン飲料水)補給の目安については,環境要因によって発汗量が変化するので,その量を考慮することは必要ですが,以下のように摂取します。

 

 

・運動30分前に,環境温度として乾球温度が28℃以下なら250mlを,28℃以上であれば 500ml程度の水分補給を行います

・運動時には,汗の量の50%~80%の水分を摂取することが原則です

・乾球温度が28℃以下では1時間に500ml,28℃以上であれば1時間に1000mlを2~5回に分けて摂取します

・摂取する水分の温度は5~15℃が推奨されていますが,飲みやすい水温のほうが運動時の生体負担が軽減されます

 

私たちの身体には,0.9%ほどのナトリウムを含んだ血液が循環しています。発汗などによって体内から水分が放出されると,体液中の塩分濃度が上昇します。運動時に大量に汗をかいて塩分が失われた時,イオンを含まない水だけを補給すると血液中のイオン濃度は低下し,体液量が不十分な量にもかかわらず,過剰な水分として排尿されます。その結果,熱痙攣という症状に見舞われます。イオン成分を含んだ飲料水を補給した場合,排尿量が減少し,水分が体内に確保されます。

 

■ナトリウムと糖分を含んだ水分補給が熱中症予防に効果的

 ・熱中症予防の水分補給として,水分の組成は,0.1~0.2%の食塩(水100mlに対してナトリウムを40~80㎎)と糖分を含んだ飲料水が有効です

 ・運動量が多い時には,糖分を増やしてエネルギーの補給にも心がけましょう

 ・運動時間が1時間以上になる場合は,4~8%程度の糖分を含んだものが疲労予防に役立ちます

 ・自分で調整するには,1Lの水に対して,食塩2g(ティースプーンに半分)と角砂糖を数個溶かして作ることができます

 ・長時間運動を続けるときには,食塩濃度をやや高くすることが必要です。また,エネルギー源としての糖質も水と一緒に摂取することが効果的です

 ・運動後の回復時においても,水分を摂取することで体温の回復が早くなります

 ・スポーツ飲料は手軽ですが,市販の飲料を選ぶときには,成分表示を見ましょう

 

暑熱環境下で安全に運動をするために,イオン成分を含んだ水分を随時補給するとともに,暑さに順応してから運動することを心がけましょう。

 

正美智子

管理栄養学部