管理栄養学部

なるほど豆知識三毛猫に関する研究が、人類を救う?

白、黒、茶色の三色の毛がまだらに生えている三毛猫は、普通はメス(雌)なのを知っていますか?

三毛猫のオス(雄)はとてもめずらしく、数万匹に1匹ほどしか産まれません。そのため古くからオスの三毛猫は幸運の象徴とされていて、日本の第1次南極観測隊には安全を祈願してオスの三毛猫「たけし」が同行したほどです。

ではなぜ、メス猫しか三毛(三色)にならないのでしょうか?それには、遺伝子の量に応じてその働きを調節する仕組みが関係しています。

哺乳動物の性は、XとYの二種類の性染色体の組み合わせで決まります。

受精のときに父親からY染色体を受けつぐと性染色体の組み合わせはXYとなり、その受精卵から発生する個体はオスになります。一方で父親からX染色体を受けついだ場合はXXとなり、メスになります。

ここでメスの場合には、X染色体の遺伝子の量が二倍になってしまうため、そのままではいろいろと異常なことがおこってしまうという問題があります。

そのため哺乳動物には、X染色体が2つあるときには片方のX染色体に印をつけてその上の遺伝子を不活性化する仕組みがそなわっています。(DNAのシトシンのメチル化やヒストンタンパク質の脱アセチル化のことを、わかりやすく説明するためにここでは「印をつける」と表現しています)

多くの哺乳動物のメスでは、受精卵が分裂を重ねて細胞が数十個になったときに、細胞ごとにどちらかのX染色体が不活性化されます。このことを、専門用語では「遺伝子量補償」といいます

では、メスの三毛猫の話に戻りましょう。

まず、猫のX染色体は、毛の色を黒にする遺伝子か茶色にする遺伝子のどちらかを持っています。(これらは対立遺伝子なので、1つのX染色体が両方の遺伝子を持つことはありません)

ここで、片方の親からは毛の色を黒にする遺伝子を持ったX染色体を、もう片方の親からは毛の色を茶色にする遺伝子を持ったX染色体を受けついだとします。その受精卵の性染色体の組み合わせはXXとなりますので、それから発生する個体はメスです。また、その受精卵が数回分裂したのちにどちらかのX染色体が不活性化されますが、毛の色を黒にする遺伝子を持ったX染色体が不活性化した細胞が増殖した部分からは、茶色の毛が生えてきます。

逆に、毛の色を茶色にする遺伝子を持ったX染色体が不活性化された細胞が増殖した部分からは、黒の毛が生えてきます。(毛の色を白にする遺伝子は常染色体にあって、その遺伝子が働いた場所が白になります)

これで、三毛猫はメスである理由がわかりましたね。

一方でオス猫は、受精のときにX染色体を1本しか受けつぎません。そのX染色体の上に毛の色を黒にする遺伝子があるのか、それとも茶色にする遺伝子があるのかによって、黒と白のまだら模様か茶色と白のまだら模様かの「二毛(二色)」になります。

これで、オス猫は三毛にならない理由がわかりましたね。

しかし、最初に述べたように、三毛のオス猫が産まれることもあります。

ごくまれに、受精卵がXXYの組み合わせで3つの性染色体を持ってしまうことがあるからです。それは、XYの両方の染色体を持つ異常な精子と正常な卵が受精した場合、あるいはY染色体を持つ正常な精子とX染色体を2つ持つ異常な卵とが受精した場合です。その受精卵はY染色体を持つため、それから発生する個体はオスです。

そして、2つのX染色体の片方はいずれ不活性化されますが、それらがそれぞれ毛の色を黒にする遺伝子と毛の色を茶色にする遺伝子とを持っていた場合に、メス猫が三毛になるのと同じ仕組みで体毛が三毛になります。

これが、オスの三毛猫が産まれる仕組みです。

しかしこれは、クラインフェルター症候群という一種の病気でもあるため、オスの三毛猫の多くは子供を作れず、長生きもできません。

幸せをまねく存在としてもてはやされているのに自分は幸せになれないようで、なんだかかわいそうですね。

染色体(または遺伝子)に印をつけてその領域を不活性化する(時には活性化する)仕組みのことを、専門用語では「エピジェネティックな制御」といいます。エピジェネティックな制御はX染色体だけではなく、他の染色体(または遺伝子)でもよくおこっていて、私たちの健康にも深く関係しています。

たとえば、運動や睡眠などの生活習慣、あるいは食習慣、またはストレスの有無や程度によって、遺伝子についている印が変化することが知られています。また、健康なヒトとがんや糖尿病などの病気をわずらったヒトとでは、印がつけられている遺伝子に違いがあることもわかりました。

これらのことから、エピジェネティックな制御の異常がヒトの疾病や老化の原因の一つだと考えられています。

今後、ヒトの遺伝子につけられている印について手早く簡単に調べられるようになれば、病気を早期のうちに発見して、重症化がふせげるようになるでしょう。また、エピジェネティックな制御を人の手で自由に操作できるようになれば、これまでは治せなかった病気が治せるようになるかもしれません。

三毛猫に関する研究がヒトの健康にも関係する理由が、わかっていただけたでしょうか?

生物化学研究室 間崎剛