化学・生物学
成人のヒトの身体は、数十兆個の細胞からできています。それも、もとをたどるとたった1個の受精卵が始まりで、それが分裂を繰り返して数を増やした結果、ヒトの身体となっています。
では、成人のヒトのほとんどの細胞はもう分裂できなくなっていることを、知っていますか?
実際に、ヒトのほとんどの細胞は、20~60回ほど分裂したらそれ以上は分裂できなくなります。それは、どうしてでしょうか?
1つの細胞が分裂すると、2つの新しい細胞となります。その時、もとの細胞が持っていた染色体は複製されて、2つの新しい細胞に受け継がれます。しかし、新しい細胞に受け継がれた染色体は、もとの細胞が持っていた染色体に比べてほんの少しだけ短くなっています。正確にいうと、染色体の両端のテロメアという部分が、複製のたびに少しずつ短くなっていきます。
テロメアには、染色体を保護する役割があります。先ほど説明したように、細胞が分裂するたびにテロメアは短くなっていきます。そして、テロメアがはじめの長さの半分ぐらいにまで短くなると、細胞は分裂しなくなります。これ以上テロメアが短くなると、染色体が壊れてしまうからです。
細胞が分裂をやめると、新鮮な細胞が作られなくなります。それが、老化の始まりです。
また、生き物に寿命があるのも、細胞がいつかは分裂をやめてしまうからだと考えられています。しかし、ヒトの身体のなかには、ずっと分裂しつづける細胞もあることを知っていますか?
たとえば、皮膚や血球などのもととなる細胞を生み出す幹細胞という細胞です。幹細胞は、失われた皮膚や血球を補うために、いつまでも分裂しつづけられるようになっています。
では、どうして幹細胞はいつまでも分裂しつづけられるのでしょうか?それは、幹細胞では短くなったテロメアを長くするテロメラーゼという酵素が働いているからです。
テロメラーゼは、精子や卵子などを作る生殖細胞でも働いています。
それは、精子や卵子の持つ染色体のテロメアが短いと、子孫の寿命が短くなってしまうからです。
テロメラーゼの設計図(遺伝子)自体は、すべての細胞にあります。しかし、幹細胞や生殖細胞以外の細胞では、テロメラーゼは作られていません。もし、他の細胞にもテロメラーゼを作らせたら、どうなるのでしょうか?細胞は老化することなく、常に新鮮な細胞に置き換えられるようになります。それにより、ヒトは若々しいまま、いつまでも生きつづけられるようになるかもしれません。
まるで、夢のような話ですね
しかし、普通は作られないはずのテロメラーゼを、無理やり作らせてしまっても大丈夫なのでしょうか?
がんという病気を知っていますか?
一部の細胞の分裂がとまらなくなり、それが周りの正しい細胞の働きを邪魔してしまう病気です。分裂がとまらなくなった細胞のことを、がん細胞といいます。
がん細胞がいつまでも分裂しつづけられるのは、普通は作られていないはずのテロメラーゼが作られているからです。つまり、作ってはいけない細胞がテロメラーゼを作ってしまうと、取り返しのつかない病気となってしまう場合があるのです。
人は皆、いつかは寿命を迎えます。それは、ほとんどの細胞ではテロメラーゼが作られないからだといえます。しかし、やがて寿命を迎えることを知っているからこそ、人は一生懸命に生きようとします。
人々が様々なものを発明して文明を進歩させてきたのも、また、すばらしい芸術をたくさん生み出してきたのも、その時その時の人々が一生懸命に生きたからではないでしょうか?
また、自分がやがて死ぬことを知っているからこそ、人々は子孫を残そうとします。子孫を作るたびに、人々の遺伝子は混ざり合います。それは、人類がより強い生物へと進化するきっかけとなります
このように考えると、テロメラーゼという酵素はほとんどの細胞では作られないほうが良い酵素なのかもしれませんね。